史跡巡り!Part.1

海野です!!
「彰義」のブログで触れたように、4月23日に有志で上野戦争史跡巡りをしてきました!!

それというのも次回作「月を待つ人」は上野戦争と関係ある物語だからです。



さて静岡を6:30に出発。
東京組と合流し、到着したのは港区元麻布にあります専称寺

こちらは新撰組隊士・沖田総司のお墓のあるお寺です。
熱烈な沖田ファンが墓石を削るなどの悪行が問題となり、現在は立入禁止となっています。
ただ、塀の外から見ることは可能です。

彼が肺結核で倒れたのは元治元年・池田屋の時。
体調の悪化により第一線から外れたのは慶応3年。
療養するも亡くなったのは慶応4年5月30日。
約1ヶ月前、近藤勇が斬首されたという事を知らないまま亡くなったそうです。


沖田総司は「月を待つ人」で直接出てくる訳ではありませんが、主人公・横路軍平が彼に会いに行った帰り道での出来事……という設定になっています。

そのため、ご挨拶・ご報告も兼ねて、皆で手を合わせました。

(その後コインパーキングで間違えて他人の料金を払っちゃうなどトラブルがありました)




さて、そして次に向かったのは円通寺

こちらは彰義隊の墓と、かつて上野の入り口あった「黒門」が移設されているお寺です。

黒門は上野戦争で戦闘が激しかった場所であり、燃えずに残った門。
ここさえ守れれば彰義隊にも勝ち目があった…かもしれません。
実際両者一歩も譲らず攻防が続いていたそうですが、官軍の用意したアームストロング砲の射撃が届くようになり、この門を破られてからは一気に官軍の圧勝だったそう。
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写真で確認できるだけでも、銃痕の後がものすごいです。(赤マル箇所)
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上野戦争で殲滅された彰義隊の戦死隊は266名。
梅雨の中、賊軍の晒し者として放置されましたが、それを最初に弔ったのがこちらの和尚様であったそうです。
それがきっかけで遺体の埋葬・供養の許可をもらった和尚様は、上野で火葬をし、この寺に埋葬しました。
(火葬したのは5月24日という資料を見ました。相当長い間の放置ですね…)

とはいえ、遺体の処理については、記録によって違いがあるようです。

・一番有名なのがさきほどの和尚様の説
・いや、円通寺は大村益次郎からの指示で遺体を受け入れたのだという説
・官軍側諸隊である山国隊が終戦3日後から彰義隊の遺体処理を始めたのだという説(山国隊の記録より)




他にも旧幕府軍の幹部が建てた石碑、戊辰戦争で命を落とした旧幕府軍を弔うために密かに建てた「死節之墓」などもあります。
賊軍である旧幕府軍戦死者の供養がタブーだった時代、円通寺だけは埋葬供養の許可を得た唯一の寺院ということで、堂々と供養ができるとの理由から参詣する者も多かったそうです。
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【黒門について書かれていた説明】
この黒門は、慶応四年(1869年)5月15日に旧幕臣の彰義隊と新政府軍が戦った上野戦争で、後に放置されていた多数の彰義隊士の遺体を、当時の円通寺仏磨和尚と寛永寺御用商人三河屋幸三郎とが集めて火葬し、円通寺に葬った機縁で、明治40年(1907年)に帝室博物館より下賜された。
上野山内(袴越し)にあった黒門は、上野八門のうちで表門にあたり、両軍攻防の重要な拠点であった。弾痕が往時の激戦を伝えている。

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(彰義隊奮戦之図。小川興郷が画家に指示した描かせたもので、他の錦絵と違いけっこう忠実だと言われている)



そしていよいよ上野へ!!

……の前に東京大学へ!!!

観光するんじゃんーと思われるかもしれませんが、東京大学は上野戦争の勝敗を決めたアームストロング砲が設置されていた場所なんです。

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黒門のちょい上にある「山王台(関宿大砲隊)」とあるのが、彰義隊が黒門にいる官軍に向けて大砲を撃っていた場所。そう考えると……アームストロング砲の飛距離と行ったら……。

だってこれだけでみたら、彰義隊の飛距離は100m。官軍は1km。

わかりやすく静岡市街に例えると…
彰義隊が駅前バス停から静岡駅を狙っていたとしたら、官軍は駿府城中央くらいから静岡駅を狙っていることになります(笑)


扱い方に慣れてなくて、最初のうちは不忍池に落ちちゃっていたそうですが、それにしても武器の性能の差が歴然ですね。



ちなみに今回「月を待つ人」ではこの山王台で大砲を撃っていた関宿藩士(萬字隊)の生き残りが登場します!!


東京大学の学食でお昼を済ませ、
今度こそ上野へ!!




【次に続く】



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【次回公演案内】

演劇ユニット一笑ドミノ 追憶公演-志-
月を待つ人

脚本:岩本憲嗣 演出:大畑智明

●日時/2017年10月8日(日)
    開演14:00~(開場は30分前より)
    (所要時間2時間を予定していますが、ずれる可能性があります)

●チケット/一般800円・学生500円・小学生以下無料(当日・前売共)
      ご予約可能です!当日精算となります。

●会場/静岡県 藤枝市民ホールおかべ(地図)

●アクセス/バス
  ・静岡駅前7番のりば 12:18発「中部国道線」→13:02着「藤枝市岡部支所前」下車徒歩約5分
  ・藤枝駅前2番のりば 12:39発「中部国道線」→13:07着「藤枝市岡部支所前」下車徒歩約5分
   ※2017年5月現在

●アクセス/車
  ・新東名「藤枝岡部IC」より約5分
  ・藤枝バイパス下り「内谷IC」より約1分、上りの場合は「広幡IC」より約3分
   ※駐車場案内は後日掲載しますが、数に限りがございます。


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# by ichi-domi | 2017-05-05 20:11 | 追憶公演-志-『月を待つ人』 | Comments(0)

公演日決定!!

こんにちは、海野です。

お待たせしました。
次回公演「月を待つ人」公演日決定です!!



追憶公演-志-
月を待つ人

10月8日(日)
市民ホールおかべにて



慶応4年5月。
それは上野戦争から数日した頃の事。

新選組隊士・横路軍平は道中に訪れた江戸で斬り合いに巻き込まれ、深手を負い気を失ってしまう。
次に軍平が目を覚ましたのは町のとある道場。
その道場の師範である男、白川茂慶はこともあろうか敵である新政府側の重鎮であった。

その頃、彰義隊隊士の妻・島嵜美弥もまた刀を握りしめていた。
ただただ亡き夫の成し得なかった志を遂げたい一心で。
ようやく見つけた仇敵との斬り合いの最中、彼女は信じられない光景を目にする。
あの日失ったはずの最愛の男が刀を振るう姿を。

そう……全ての出逢いは望月の晩であった。

行き交う思惑と交わらぬ志。
あかりのない暗闇の中で彼らは意を決する。
あかりを灯す為、月をまた満ちさせるための決断を。

そして……全ての答えは朔月の晩に照らし出される。

岩本憲嗣氏の人気代表作。
想いのまま駆け抜けた志士達の、強く切ない、小さな輝きの物語。
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# by ichi-domi | 2017-05-04 13:38 | 追憶公演-志-『月を待つ人』 | Comments(0)

「彰義」

こんにちは、海野です!!

4月23日(日)。
新選組局長・近藤勇の150周忌&諸隊士合同供養祭が行われていた日。

いちドミメンバーもまた、戊辰戦争の史跡巡りのため東京におりました!

………というレポートを書くつもりだったのですが濃すぎて書ききれておらず。


それどころか「彰義隊のお墓の前にあった石碑を解読してから…」なんてやっていたら解読どころか書き出すだけで精一杯でした。

どうやら戊辰戦争のこと、彰義隊の成り立ち、上野戦争のこと、その後の事など書かれているようですが…

どこかに和訳ないですかね……本探せばあるのでしょうが、本を探している隙がないのでネットで誰かが和訳してないかと楽な方法を…ごめんなさい…

上野戦争記碑の和訳はあったんですよ!!
……まぁあれは漢文ですしね……ふぅ。


一旦その書き出しだけでも、upいたします……!!
(掠れて読めない箇所・普通になんて書いてあるかわからないものは?になっています
(長いので下に入れます)

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石碑
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# by ichi-domi | 2017-04-29 21:56 | 追憶公演-志-『月を待つ人』 | Comments(0)